山ヤ再開

還暦を向かえて「そこに山がある」ことに気付く

超クラシックルート奥穂高南稜を登る

8月17日から1泊2日で奥穂高南稜に入っていました。調べるとウェルター・ウェストンと上條嘉門次が 1912年8月に初登したクラシックルートとして有名なルートです。詳しい記録がウェストンの著した「日本アルプス再訪」に残っている。当時、ウェストンは50歳、嘉門次は64歳、上高地から”日帰り”で登っている。それを真似たわけではないが我々も、岳沢ベースに日帰りし、その足で自宅まで戻ってしまった。当時、彼らは初登なのでルートもハッキリせず、下山に使える重太郎新道も整備されていなかった。嘉門次が17年ほど前に熊を追って途中までたどったことがある?!程度の情報で挑戦する思いに感心させられる。ネットで調べてみると、1893年に前穂高に上條嘉門次と登っている。逆算すると当時ウェストンは31歳、嘉門次は45歳。ウェストンは1896年にイギリスで有名な「MOUNTAINEERING AND EXPLORATION IN THE JAPANESE ALPS」(日本アルプスの登山と探検)を出版し、1902年に結婚している。日本を再訪し、久しぶりに嘉門次に出会い旧交を温めたことも前出の「日本アルプス再訪」に見ることができる。楽しい登攀だったと想像できる。

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 このルート、ウェストンは奥さんとともに再登したとある。お気に入りのルートだったのだろう。

さて、我々オッちゃん2人はネットで調べた情報をもとにテント場を後にした。

時期によるのだろうか、猛暑の影響からか、雪渓はほとんど残っておらず、アイゼンも必要なかった。シュルンドも問題なく、取付き点もすぐ分かった。

ルンゼまでの岩稜帯が核心という人もいる。ルートファインディングに注意し、柱状節理の岩の弱点を抜けていった。

見上げると南稜ルンゼンの上にトリコニーⅠ、Ⅱ峰が見える。

コケの付くルンゼを抜けるとブッシュ、藪漕ぎが待っている。今回は右ルンゼを決めていたが、下から見ると中央ルンゼが”優しそう”なので直登することにした。

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すると、一面のラズベリー畑が出現した。口にほおばると”美味い!”嘉門次が追った”熊”が愛した秘密の場所かもしれないと思った。

聞いていた這松帯は”手強かった”。アルプス縦走路の這松とは勢いが違う?ここは全身を使ってよじ登る。ほどなく”スラブ岸壁”と思われるところに着いた。所々にスリングや人工物が残っているので安心できる。

岩稜帯が始まった。安全のために切り立ったところや少しかぶった岸壁でロープを出したが、岩は固くガバもしっかりとあり気持ちよく登れる。

振り返ると、高度感とともに北アルプスの秀峰が拡がる。

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モノリスが見える場所に着いた。ここが中間点。

ここで休憩。この割れ目の奥を抜けるのだが螺旋階段上になっていて楽しい。

ナイフリッジを通過すると、

撮影ポイントに

トリコニーⅢ峰。

ルートはこの後、懸垂下降点を迎え、程なく”南稜の頭”につき一般ルートと合流した。

今日は、天候が良く気温も上がらなかった。午前中は雲も湧かずに絶景が広がり、恐らくこれ以上にないベストコンディションで登攀したことになった。このルートを開拓したウェストンと嘉門次に感謝するしかない。

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